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2010年11月19日 (金)

【シノプシス】項羽と劉邦

昨日は私の誕生日。そして実は明日が祖母の誕生日。というわけで、今日は誕生日祝いにかにすきを食べに行ってきた。軽く20年くらいは続いているイベントである。

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かにすき。デジカメ忘れてしまったのよ。ああ、残念。

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タラバガニ。いつもはズワイガニだったんだけど、今回は父が奮発してくれた。初めてだったけど、つるっと身がむけて、いつもと全然違う味!いつもこっちならよかったねえ、と無神経発言。

食べ過ぎて苦しかったのに

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昨日の某ブログで影響を受けた、ローソンのティラミス。おいしいけど苦しいよう。
まだ胃もたれ中。

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項羽と劉邦
司馬 遼太郎
新潮文庫

半年くらいかけて読んでいた本。昨日ようやく読み終わった。今年は司馬遼太郎をたくさん読むぞ、と思っていたはずなのに、結局これだけで終わってしまいそうだなあ。

***

紀元前3世紀末、秦の始皇帝が中国史上初の統一国家を創出する。しかし、彼の死後秦の統制力は弱まって陳勝・呉広の乱が起きる。混乱の中現れた二人の雄、項羽と劉邦。二人の決着までを描いた物語。

人間が何かを成し遂げるとき、本人の努力と天の采配はどんな配分で行われるのだろうか。自分の人生でうまくいったこととうまくいかなかったことを比べたときに、「やるべきことをしなかったから当然」と納得して反省できることって案外少ない。反省できることがあったとしても、その「やるべきこと」をやりさえすれば絶対成功できた、なんて保証はどこにもない。
でも、じゃあ努力してもしなくても変わらないのかというと、たぶん違うんだよなあ。神様を信じているわけじゃないけれど、天はやっぱり人を見てから采配しているような気がするんだよね。
歴史でも、どちらが勝者になったかという理由をいくら考えても、(もちろん大切なことなんだけど)本当はそこが本質ではないのかもしれない。
すべて考えつくしたうえで、劉邦は劉邦という人だから勝てたのだ、というしかないのかも。

***

「諸侯よ」
 項羽はそういう称び方で、従う者をふりかえった。
「わしは兵を挙げて以来、こんにちまで七十余戦を戦い、ことごとく勝った。そのわしがこんにちの窮境に立ちいったのは天がわしを亡ぼそうとしているからである」

 ――天が、楚王項羽を亡ぼしたのだ。
 というふうに語られることに、項羽は執着した。

***

と項羽は言うのだけれど、

***

 中国大陸は、何百年かに一度、すさまじい飢饉に襲われる。青いものといえば雑草一茎も見当たらぬという状況のなかで、村ぐるみ流民化して他村を襲ってその食物を奪い、襲われたほうの村民も村をすてて集団で流民化し、食を求めて転々とする。いわゆる英雄というのはその状況下で成立する。どこそこで五千人を食わせる人がいるときけば、殺到してその傘下に入るのである。
 やがてその首領も五千人の食を保証しかねるとなると、首領は四方をさがし、五万人の食を保証するもののもとに流民ごとなだれこみ、その麾下に入る。ついには百万人の食を保証する者が最大の勢力をもつことになるのだが、こういう種類の存在を中国では英雄という。

 中国の政治は、ひとびとに食わせようということが第一義になっている。流民が大発生するのは一つの王朝のほろびるときであり、その動乱のなかで流民を食わせる大首領があらわれ、食わせるという姿勢をとりつつ古い王朝をたおし、新王朝をつくる。逆にいえば、食われるという能力を喪失した王朝については、天が命を革めてしまう。他の食わせる者に対してあらたな命をくだすのである。

***

項羽は食糧に無頓着で、劉邦はどれだけ負けているときも兵糧だけは欠かさなかったんだって。でも、百敗もしている間に普通は兵糧なんて関係なく劉邦死んじゃうよねえ。やることをやったから勝った、とまとめては項羽が可哀想すぎる。
天の命ってなんなのかな。うーむ。

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あっ、ジェルくんが成長した!今日は5393歩だって。(でも、こんなに食べてたら間に合ってないよなあ…)

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