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2011年1月20日 (木)

【小説】朝日が昇るところ (3)

「まったくお前は……」
 武川の呆れているような半ば面白がるような声が上から降ってきた。
「あの程度で疲れてちゃこんな業界にはいられんぞ。もう三〇なんだからもう少し大人にならないと」
「だって本当に苦手なんだよ」僕は着慣れないスーツのネクタイを緩めた。
「ああいう場もああいう人種もさ。人のこと値踏みするような目で見やがって」
「仲さんはこの世界では相当ましな方だぞ。名の売れていないアーティスト側の要求にも耳を傾けてくれるし。初めての個展の会場としては運が良かったよ」
「そうなの?」
 体を起こした僕を、武川は心底面白そうな表情で見た。年を感じさせない精悍な顔の、目尻に唯一ある笑い皺がはっきりと浮き出る。武川は、確か今年で四三歳のはずだった。
「まったくいつまでたっても世間知らずなんだから。ま、それがお前のいいところでもあるんだけどな」
 武川との出会いは、四年前に遡る。写真の専門学校を卒業したものの、そんなに簡単に仕事は見つからない。バイトをして食い扶ちだけは稼いで、コンテストに応募したり出版社に持ち込みをしたりの生活を何年も続けていた。
 その出版社はフォト雑誌を扱っているわけではなかったが、僕は駄目もとで持ち込みをしてみた。担当者は、面白くもなさそうな顔で僕の写真をぺらぺら捲っていたが、見終わると僕の顔を見上げた。
「これ、全部君が撮ったわけ?」
「はい、そうです」
「ふーん」
 そう言うと彼はまた写真に目を落とした。そのまましばらく見つめてから、再び顔を上げる。その時初めて、彼の目尻に笑い皺があると気づいた。
「うちに写真の持ち込みなんて初めてだよ。うちではこれをどう扱えばいいのかね?」
 僕は答えに窮した。
「取材のカメラマンとして同行したいわけ?」
「それでもいいです。仕事がいただけるなら、何でも」
 僕は必死にそう答えた。本音はそれでは不満だったが、なんとか仕事をもらわなければならない。
「正直だねえ」と彼は吹き出した。
「本気で食らいつくつもりなら、『それでもいい』なんて言い方しちゃ駄目だよ。君は面白いなあ。それに、この写真も俺は気に入った」
 僕は、びっくりして担当者の顔を凝視した。彼は最初とは打って変わって面白そうな、いたずらっ子のような表情をしていた。目尻の笑い皺が深くなっていた。
 それが、武川との出会いだった。
 無事その出版社に就職できた僕は、しばらく指示されるままに取材現場に同行していたが、一年後武川の推薦のおかげで風景写真の特集ページを組んでもらえることになった。反響はまずまずで、以後ページは順調に増え、今では僕は少しは名前を知られるようになっている。

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