支え合い
元気になったので今日は出歩いてみた。いい天気続きだなあ。
春が来るとこの川辺は桜がめいっぱい咲き乱れるんだ あなたは言うあたしはうなずく♪(aiko「桜の時」)
その準備は着々と進んでいます。わくわく。
ランチはデニーズのハンバーグ。
***
最近少しでも時間ができると、ある人の書いた文章をひたすら読んでいる。
話しているだけではわからなかったその人のこれまでが、文章からどんどん浮かび上がってくる(気がする)。辛い経験、そこから得てきたこと。その深さ、背負っているものの重さに、少したじろぐ日々。
当たり前なんだけど、その人だけじゃなくて、誰もがたくさんのものを背負って生きてきているんだよね。そして、誰かとかかわるということは、相手の背負っているものを少し引き受けて、逆に自分の背負ってきたものも少し相手に持ってもらうことなのかもしれない(その程度は、付き合い方によるだろうけれど)。
人は一人だけじゃ生きられない。これも今さらだけど。
ちょっと違う話だけど、いかにも自分の足で立っているように見える人ほど「たくさんの人に支えられている」と言うことが多い。それって、支えてくれている人の数が多いほど、そのうちの一人にかかる負担は小さくなるからなんじゃないかな。
たとえば恋人同士などで相手しかいない、という状態だったら、それぞれが相手に100%よりかかっていることになる。でも、支えてくれる人が100人いれば、一人当たりが支えているのは1%だけ。そういうことなんじゃないかな。
そして、きっと支えられている側も100人に対して同じだけ支え返している。きっとだから、はたから見ると単に自分の足で立っているように見えるのだ。
私のことを支えてくれている人。
その人を、私は少しでも支え返せているのかな。
相手の背負っているものを受け取る覚悟はできているつもりだけど、相手の方は預けてくれるだろうか。そして、いざ預けてもらえたときに私はしっかり受け止められるのだろうか。
今までの自分は、周りとは常に距離を保って、自分は責任を持たないで(本当はそんなことできないのに、そうしているつもりになって)生きてきたのだけれど、これからはもっと懐深く生きていきたいなあ。
要するに頼れる大人になりたい、っていうだけの話かもしれないのだけれど。
何だかよく分からなくなってきたので、このまま逃げます…。
皆様、明日もよい一日を!
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くまぼぼさん、こんばんは。
相手の背負っているものを受けとめたい、っていうくまぼぼさんの気持ちが、相手を支える一番のものになるんじゃないかなぁ、って思います。
相手のつらい気持ちをわかりきることなんて決してできっこないけど、寄りかかっていいよっていう気持ちが伝われば、その人はそれだけで救われているはず!
…なんてことを思いました。
投稿: どんぐり | 2011年1月14日 (金) 21時57分
どんぐりさん、こんばんは!
とても嬉しいです。ありがとうございます!
そうですね。本当にそうだといいなあ。それしかできないし。
すべてを支えるなんておこがましくて望むことさえできないけれど、少しだけでも引き受けられれば、とはいつも思っています。すべての大切な人に対して^^
本当にありがとうございます!
投稿: くまぼぼ | 2011年1月14日 (金) 22時10分