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2011年1月 6日 (木)

愛こそがすべて

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良い天気。今日は整体の日だったので、名古屋の街まで出かけた。

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不思議な木の実(?)。「せんだんの木」っていうんだって。

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昔働いていたカフェ・ド・クリエの前を通ったよ。もう店長も変わっているし、私がいるころとは全く違うんだろうなあ。

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つぼみがふくらんでいるのって、無条件に嬉しくなる。シデコブシ。木蓮の仲間ですって。木蓮、大好きなんだ。もうすぐあの香りに包まれるのが、楽しみで仕方ない。

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ほそーい月。

***

思いついたことはすぐに書かないと忘れてしまう。
何の脈略もないけど、愛について語ってみます。

やけに自分が理屈をこね始めたら、要注意だと思っている。
「この人の言うことはこれこれこういう理由で筋が通っていないし、ここに問題があるし、云々…」
という話をし始めたら、かなり危険。
理屈なんてきっと、すべて後付けだ。
本当は何かしらの感情が先にあって(たいてい負の感情だ)、その感情を説明したり正当化したりしたいがために、理屈をこねているんだけなんだよね。
単にその人のことが嫌いだから、やることなすこと全部気に入らないだけなのに、「相手が間違っているからこの非難は正しい」と理屈をつけてしまうんだ。そんなことに何の意味もないのに。
そうじゃなくて、相手のことが好きで仕方なければ、理屈なんてなく、どんな行動も発言も前向きに受け止められるはず。
(嫌いな人も好きになりましょう、という話ではないです。嫌いならそのままでいいんだけど、それを個人の好き嫌いの話じゃなくて「正しいか間違っているか」という話にすり替えるのがかっこ悪いなあというだけ)

だからね。
恋人や友達と付き合っていくときに、うまくやっていこうと思っていろいろ工夫するじゃないですか。喧嘩しないようにしたり、相手の嫌なところに目をつぶったり。ちゃんと家事をしたり、人の悪口を言わないようにしたり。
それもすごく大事なことだと思うし、私もそうしている(つもり)なんだけど、それよりも簡単なのは「ずっと相手のことを好きでいる」ことに力を注ぐこと。
大好きな人が相手なら、相手の嫌なところもあまり見えないはずだし、自分の行動も勝手に変わってくるんじゃない?
付き合い始めの時に相手のことが大好きなのは当然として、何年かたってもそういう気持ちを持ち続けるというのは、少なくとも飽きっぽい私には努力のいることだと思う。
最初の、相手のことを思うだけでドキドキして勝手に笑顔になってしまう、という気持ちをいつまでも忘れずにいられれば、きっと幸せ。

翻訳への愛も同じだよね(結局そこに行きつく)。
今の愛情、ずっと注げるようにがんばろうっと。

***

皆様、明日もいい一日を!

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