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2011年1月14日 (金)

【小説】朝日が昇るところ (2)

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「では改めまして。こちら仲ギャラリーの仲秀雄さん。そしてこちらが、写真家の市橋守くんです」
 編集者の武川の言葉に、仲、と紹介された初老の紳士は、立ち上がって手を差し出した。僕はぎこちなくその手を握り返す。堅苦しい場は苦手なのだ。仲はそんな僕の頭から足先までさっと眺めると、微笑んだ。
「評判は伺っていますよ。大変なご活躍だとか。私もいくつか拝見しましたが、すばらしい風景写真でしたねえ」
 とんでもないです、と口の中で返しながら、僕は武川に目で救いを求めた。
 風景写真がすばらしいという褒め言葉は、僕にとって決して嬉しいものではない。僕が風景を撮っているのも半ば成り行きのようなもので、心から撮りたい被写体というわけではないのだ。しかし、スポンサーの社交辞令を頭ごなしに否定するのも悪い気がする。幸い察してくれたらしく、武川がさりげなくフォローに入ってくれた。
「市橋くんの風景写真は、最近人気も高いですよ。仲さんのギャラリーに展示していただければ、お互いにとってもプラスになるでしょうね」
 武川の言葉を皮切りに二人は仕事の話を始めたので、僕はほっとしてソファに体を沈めた。「仕事の話」と言っても、それは僕の写真の初個展についての話なので、武川に任せておこうとするなんて我ながら無責任だとは思ったけれど。応接室の窓からは国道が見下ろせた。スムーズに走っていく車の列。絵になるな、と思った。片目を閉じて焦点を合わせる。
「市橋さん」
 仲に呼ばれて僕は慌てて顔を戻した。いつのまにか話題を振られていたらしい。
「おおまかに事務的な話は終わったんですが、展示する写真はどういったものをお考えですか? こちらの出版社からの雑誌にお載せになった写真から、という形になるのでしょうか」
「そうですね」僕は少し考え込んだ。
「正直、まだ決めかねているんですが、私はこちらの出版社からしか写真は出していませんので、すでに撮ったものでしたらすべてこちらから選ぶことになります。新たに撮った写真も何割かは混ぜたいと考えているのですが、ただ、まだそちらのギャラリーも拝見していませんので、どんな写真がいいのかは何とも……」
 僕のたどたどしい答えにいちいちうなずくと、仲はこう提案した。
「それはそうでしょうね。でしたら、後日当ギャラリーにお越しいただいて、細かい点はその際に話し合うという形でいかがでしょう。都合のいい日時はございますか?」
 僕が答えると、仲はメモをして、礼儀正しく挨拶をして帰って行った。僕はドアのところで見送って、彼の姿が消えるのを確認してからソファに体を投げ出した。ため息がこぼれる。

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