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2011年2月 4日 (金)

【小説】朝日が昇るところ (5)

 すごい音に、僕はびくっと目覚めた。目を開くと、眩しい光が辺りを照らしていた。
 音だと思ったのは、歌声だった。どこから聞こえてくるのかと体を起こそうとするが、節々が痛くて思うように動かない。顔をしかめながらなんとか起き上がって、やっと僕は声の源を見つけた。
 その時の衝撃を、僕はおそらく一生忘れない。
 歌っていたのは、女性だった。たぶん二〇歳くらいだったろう。背中までかかる長い髪、Tシャツとジーパンというシンプルな服装で、川に向かって歌っていた。いや、むしろ叫んでいたと言った方が近いかもしれない。
 僕には歌の評価なんてできない。それでも、その歌には圧倒された。たぶん基礎はしっかりしているのだろう。もしかしたら、声楽か何かやっていたのかもしれない。でも、圧倒されたのはそんなところじゃない。彼女の持つ激しい感情が、声から伝わってくるのだ。それが怒りなのか、悲しみなのかも分からないのに、聴いている側まで彼女の感情に共鳴してしまいそうになる。僕にとってそれは初めての経験だった。
 僕のいる場所からは斜め後ろの姿しか見えなかったので、彼女の表情は分からなかった。ところが、もっと見たい、と思った瞬間、たまたま彼女が少し体をずらして、僕に横顔を見せたのだ。
 彼女は、涙を流していた。
 次々に流れる涙で頬を濡らしながら、彼女は泣き崩れることもなくひたすら歌い続けていた。朝日が彼女に注いで、輪郭を山吹色にぼかしている。
 僕は、いつの間にか彼女にカメラを向けていた。
 なぜそんなことをしたのか、自分でも分からない。カメラ、と言ってもインスタントカメラだ。たまたま鞄の中に入れっぱなしになっていたカメラだった。そのカメラを無意識のまま構えて、僕はファインダー越しに改めて彼女を見た。
 なんて、綺麗なんだろう。
 気がつくと、僕はシャッターを押していた。押した瞬間、我に返る。悪いことをしてしまった気がして、僕はその場から逃げ出した。彼女の歌声が聞こえるはずのない距離まで遠ざかった後も、その声はしばらくの間耳の奥に残っていた。
 できあがった写真を見たとき、僕の中で何かが形になった。また、こんな写真を撮りたい。こんな風に輝いている人物をまた撮りたい。
 単純な動機だ。でも、僕は真剣だった。親を強引に説得して、写真の専門学校に入った。技術を身に付けながら、あの時と同じような輝くものを必死に探した。
 一年たって、僕は絶望した。そんなものはどこにもなかったのだ。何もかもが、ファインダーを通してみると平凡に見えてしまう。あの時のように、輝いたりはしない。あの時のようには……。
 ただ彼女をもう一度撮りたかっただけなんだと、その時初めて気づいた。手がかりは何もない。あの日、日の出の時間に歌っていた、ということ以外は。
 それだけを頼りに、僕はあの河原に足を向けた。彼女はいなかった。次の日も、僕はそうした。次の日も、その次の日も……。
 常軌を逸しているかもしれない。でも、僕は諦めきれないのだ。彼女にもう一度でいいから、会いたい。会ってどうしたいのか、何を話したいのかは分からないけれど。ただ、そうしなければ、僕はここから身動きできないままのような気がする。

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いきなり私信…
Happy birthday, Dad!
(追記…書いてから気づいたんですが、実父へのメッセージですので^^;)

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