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2011年2月19日 (土)

【小説】朝日が昇るところ (7)

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 僕は体を投げ出した。赤いカウチソファがぎしりと音を立てる。ルミの部屋は、自己主張の強いはっきりした色で占められている。やる気が出てくるときもあれば、妙に落ち着かなくなるときもある。今日は後者だった。
 ルミはキッチンからシャンパンを持ってきて、僕の隣に腰を下ろす。そして微笑んだ。
「改めて、個展おめでとう」
「始まったばかりなんだから、まだめでたくなるかどうかは分からないよ」
 僕はそっけなく返した。疲れていたのだ。
 早いもので、もう今日は個展の初日だった。面倒なことの大部分は武川に任せたものの、さすがに挨拶は自分でするしかない。大勢の知らない人の前に立ってもっともらしいことを言うだけで、もうすっかりくたくただった。個展なんてやらなければよかった、と大げさにも後悔していた。
 そんな状態だったから、僕はルミの様子にまったく気を配っていなかった。後から思えば今日の彼女はずっと沈んだ表情をしていたのだが、そんなことにも気づいていなかった。
 シャンパンを飲み終わると、ルミは僕の顔を横から見つめた。
「ねえ、守、訊きたいことがあるんだけど」
 ルミの声は明るいままだった。
「あの写真の女の人、誰?」
「え……」
 不意の質問に意味が分からず、頭が真っ白になってしまう。
「今日個展に飾ってあった写真。初めて見た」
 そう補足されてようやく理解する。僕はぼんやり宙を見つめたまま「知らない人」と馬鹿みたいに答えていた。
「私は知る必要がないって意味?」
 ルミの言葉に、僕はぎょっとしてようやくルミの顔を見返した。そうじゃない。僕も知らない人なんだ。そう言おうとして、でもそれは言葉にならなかった。ルミの顔はとっくに笑っていなかった。
「あの人がいるから、守は私と結婚してくれないの?」
 僕は言葉を失った。考えたこともない方向に話が進んでいる。
「そうじゃない…」
 僕は切れ切れに言葉を発した。
「そうじゃ、ないんだ。本当に、あの子は関係ないよ。名前も知らない子なんだから。ただ、まだ、自信がないんだ」
「何に対する自信?」
 ルミは僕をまっすぐ見据えた。
「仕事なら、十分成功しているじゃない。個展まで開けたわ。それとも、私たちの関係に対してなの? 私は、守と結婚したいと思って三年間付き合ってきたつもりよ。私は何も不安に思っていない。守は、一体何が不安なの?」
 何が不安なのか――自分でも分からない。ただ、今いる場所は本当の場所じゃないという思いが漠然とあるだけだ。乗り越えなければならないことを回避してしまっているような、すべきことを置いてきてしまっているような思い。

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