【小説】朝日が昇るところ (10)
引き続き、心配な状況が続いています。
何もできないことが本当にもどかしいのですが、だからと言って焦っても、自分にできないことはできないんですよね。
自衛隊は今この時も人命を救ってくれている。
交通機関、電気会社、ガス会社、水道会社などの職員は、ライフライン確保のために尽力してくれている。
企業は物資を送っている。
何よりも、被災地の方々はこんなときにも冷静さを失わずに生きている。
だから今、日本中の人たちが彼らのためにできることを探している。
歌手は歌で、
役者は演技で、
落語家は噺で、
書家は書で、
画家は絵で、
スポーツ選手はスポーツで、
一人一人が勇気づけるために行動している。皆が支え合っている。一人じゃない。そう伝え合える私たちであることを、本当に誇らしく思います。
何の影響力もないけれど、それでも私にできることは文章で伝えることだけ。書くことだけ。
だから今日もブログを更新します。
被災地の皆様、きっと自覚している以上に疲れがたまっていることと思います。まずは体の疲れが取れるように、意識して横になって暖かくなさってください。
皆様の無事と一刻も早い復旧を、心から祈っています。
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***
昼食を終えて「仲ギャラリー」に戻ると武川に手招きされた。「お前のファンっていう子がずっと待っていたんだよ」と耳打ちされる。奥をのぞくと、まだ高校生らしい女の子が椅子に姿勢よく腰かけていた。「お前のサインが欲しいんだとさ」
個展が始まってから一週間。驚くことに僕には「ファン」が、しかも何十人もいることが分かった。声をかけられたのも初めてではないのだが、いまだにこの状況には慣れない。言われるがままにサインをして彼女を見送ると、それだけで疲れてしまって僕は椅子に座り込んだ。ふとサイドテーブルに置かれた新聞が目に入る。個展初日の新聞だ。この日、かなり紙面を割いて特集が組まれたのである。記事の効果もあって、これまでのところ客入りは上々だった。
≪市橋守、初個展 人物写真も公開≫
大きな見出しと紹介記事、それに今回展示している写真も何点か掲載されている。「彼女」の写真も。僕は他人事のような気持ちで記事を眺める。すべてが夢のようだった。
「個展も明日までだな」
武川の声で我に返る。振り向くと、武川は会場の写真を眺めていた。その笑い皺を見ながら、僕はいつの間にかつぶやいていた。
「俺って、結構有名だったのかな」
武川は吹き出した。
「そりゃ、これまで弊社がじっくり育ててきた市橋先生ですからね」
冗談めかしてから「気に入らないの?」と尋ねる。
「いや、もちろん嬉しいんだけど」僕は考えながら言葉を継ぎ足す。「ただ、なんていうのかな、変な感じがして。俺はただ写真を撮っただけだし」
「たしかに、普段読者に会うことってないからな。今回がいい機会だったんじゃないの」
武川は僕の前の椅子に腰かけた。
「まじめな話、お前は自分で思っているよりも有名だよ。思っているよりもずっと恵まれているし、成功もしている」
僕は黙ったまま武川の言葉をかみしめた。「仕事なら、十分成功しているじゃない」。ルミの言葉が不意によみがえる。あの時は否定したい気持ちだった。でも今は、彼女の言う通りだと分かる。どうしてこれまで気づけなかったのか、その理由にもようやく思い当たった。僕は今まで、面倒で責任が必要なことをすべて武川に押し付けてきた。でも、責任を人に負わせていれば、見返りもダイレクトには得られない。今ここから会場を眺めていても、まだどこか現実感が湧かないのは、そのせいなのだろう。
不安。その出処もここにあるのかもしれない。何かを得ようと思ったら、自分の手と足を使わなければいけないんだ。怖がらずに。
僕の考えを見抜いたかのように、武川は続けた。
「だから怖がる必要はないさ。周りも、お前が思っているほど嫌な奴ばかりじゃない。誰もお前を責めたがっているわけじゃない。手助けする気持ちのある人はちゃんといる。お前が自分から向かってさえいけばな」
そして照れたように「やっぱりまじめな話は柄じゃないな」と立ち上がり、そのまま一人で出かけてしまった。僕にお礼を言う隙も与えないまま。
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