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2011年5月 7日 (土)

【小説】朝日が昇るところ (13)

「この日――覚えています。歌手になるのを諦めた日」
 女性はもう一度写真を見つめた。
「耳が聴こえなくなって、お医者様からも止められて、仕方なく夢を諦めたんです。最後に河原で歌おうと思いました。――でも、歌っていても辛かった。悲しくて、悲しくて、仕方なかった」
 彼女は一言ずつ、かみしめるように話し続ける。自分に向けて話しているようにも見えた。
「あの後も、ずっと後悔していました。私から歌をなくしたら何もなかったのにって」
 僕は女性を見つめ続けた。その目は、少しうるんでいるようだった。
「でも」女性は不意に僕を見る。
「でも、ずっと忘れていました。このときは、朝日が差していたんですね」
 そして、ふっと笑顔になる。
「この写真のおかげで、思い出しました。この時の自分がどれだけ歌を愛していたのか。こんな時があってやっぱり私は幸せだったって、きっと将来、子供にも誇りをもって伝えられる。心から感謝します。ありがとうございます」
 僕の中で、何かが弾けた。
 弾けたものはおそらく、今まで自分が探してきたもの。朝日にも負けないくらい、輝いている存在。
 もう一度会わなければ気づかなかった。本当に輝いているものが何なのか。
「こちらこそ、ありがとうございます」
 ようやく、十年越しのお礼を言えた。深く頭を下げる。なぜか涙が出そうだった。
 僕は、彼女を入り口で見送った。ふと思い出す。
「そういえば、お子さんがいらっしゃるんですか?」
 女性は照れたように微笑んだ。
「ええ。あそこで待ってくれているんです」
 彼女が指した方には男性が立っていて、その胸には幼い女の子が抱かれている。女の子は、心細そうにこちらを見つめていた。彼女は僕にお辞儀をして、小走りに二人の方へと向かった。その姿はあの時とは違っていたけれど、たしかに輝いて見えた。
 ルミに会いたい。急に心からそう思った。手遅れかもしれないとか、自分がどうすべきかなんてどうでもいい。ただ会いたいだけなんだ。会って、ルミの写真を撮ろう。そう思った。
 僕はもう二度と、河原に行くことはない。

Dscf4349

(完)

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予定よりもずいぶん引っ張ってしまった…。
お付き合いくださってありがとうございました。

はじめから読みたいと思ってくださる方(いらっしゃれば…)は、こちらからどうぞ。

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コメント

大団円ですね。
(^0^)/

主人公と女の人の一瞬の邂逅。それ以前と、それ以後、そしてこれからに思いを馳せてしまいます。みんな生きて動いています。この物語の世界は確実にどこかに存在すると感じました。

ありがとうございました。
(^^)

こんな素敵な言葉をいただけるなんて…!

そうなんです。誰かと出会う前と出会った後、一日は同じように始まるのですが、それでも何かは変わっている。誰も気づかないかもしれないその変化を描きたいと思って書きました。

>みんな生きて動いています。

そう言っていただけたことが何よりも嬉しいです。先生のお言葉、きっと一生忘れないと思います。

必死に冷静にコメント返ししようとしつつも、感激で半泣きです。本当にありがとうございました!載せてよかったです(T_T)

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