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2012年3月 8日 (木)

スタイル

朝からなぜか気持ちが盛り上がって

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フレンチトースト作っちゃった。
見た目がいまいちなのは盛り付け技術と写真技術のせい(いつも通り)で、とてもおいしくできました。満足。
規定量通りのお砂糖で作ったのに、完成した後でシナモンシュガーとはちみつをたっぷりかけたけど、それでよかった感じ。甘いものはめいっぱい甘くした方がおいしいと思うのよ。

***

人間には、絶対に譲れない一線というものがある。それは各自多様なものであるために客観性はなく、ゆえに法律で律することもできなければ、宗教で教えることもできない。一人一人が自分にとって良しとする生き方であって、万人共通の真理を探究する哲学でもない。ラテン語ならば「スティルス」(stilus)だが、イタリア語の「スティーレ」であり、英語の「スタイル」である。他の何ものよりも重要であるのは、それに手を染めようものなら自分ではなくなってしまうからであった。(『ローマ人の物語 41』)

たとえば、次々にラディカルな法案を通して元老院の反感を買っていたユリウス・カエサルは、自分を暗殺しようとする派閥があることを知ってはいた。しかし、元老院会議に出席する際に武器を帯同することも、ボディガードを付き添わせることもしなかった。それは、そうすることが同僚を疑う行為になるから。まずは自分からジェントルマンであり続けることが、カエサルにとっての「スタイル」だった。そのために命を落としたとしても(実際に落としたけれど)、それでも譲れないもの、それがスタイル。

この巻で出てくるスティリコは、ローマ生まれではない。「蛮族」と呼ばれるヴァンダル族を父に持ち、しかしその蛮族と最後まで戦い続ける武将だ。スティリコはローマ人ではないけれど、いや、だからこそ、自分が「ローマ人らしく」ふるまうことに最期までこだわり続ける。そのために命を落とすことにさえなるのに。時代は変わって、彼が思う「ローマ人らしい」人なんてもうほとんど存在しないのに。それでも彼は決して最後の一線を譲らない。そんな彼のことを、後世の人々は「最後のローマ人」と呼ぶ。

スタイルを貫き通す人はかっこいい。それ以上に悲しい。
自分にあるのはつまらないこだわりばかりで、本当に譲れない一線もまだ見つからない。スタイルを大切にする人の背中を見つめるばかりだ。
いや、でもやっぱり見つかりかけているのかも。自分を自分にしている部分。スタイル。自分探しという意味じゃなくてね。

明日も幸せである様に♪

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コメント

「スタイル」…なるほどね。僕にもきっとあるのだろうけど、誰にも理解して貰えるものではなさそうでね(^^;)(分かって貰おうとする為の物でも無いのだけれど)。くまぼぼさんにもきっとそんなのがあるのでしょうね(^-^)♪大事にしてね♪

ローマ人の物語、完読おめでとうございます!追って完読目指しますよ。マンガだけど『テルマエ・ロマエ』知ってる?バカバカしい、て言いながらも喜んで貰えると思いますよ。是非!

やまやさん

ありがとうございます!そうなんですよねえ。。
誰にも理解されないスタイルを捨てずにいられる人はなかなかいないからこそかっこいいのだと思います。ご無理はなさらず、それでもぜひ今のまま^^応援しています。

とりさん

やっと!やっとです~^^;
読みやすい本ではないですから積極的にお勧めはできないですが、最後までたどり着くと何だか感動しますよ(笑)
『テルマエ・ロマエ』気になってます!面白いですかー。買ってみようかな^^

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