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2013年2月27日 (水)

また出会う、高山(20)

曾祖母の家があったのは、宮川朝市のスタート地点から歩いて10分くらいのところ。
土地勘のない子供の頃に歩いた記憶しかないはずなのに、足はほとんど迷わず前に出る。
「小京都」らしい碁盤目の道に少し戸惑いつつ、それでも曲がるべき角は不思議なくらいわかった。

町の真ん中を東西に突き抜ける道、宮川の東側は安川通り、西側は国分寺通りという。
その国分寺通りの商店街を歩いていく。
私が人生唯一入ったことのあるパチンコ屋さんも国分寺通りにある。
お惣菜屋さんの山菜は、感動的においしかった。
おもちゃ屋さんにも入り浸ったっけ。何にも買わなかったけれど。

そんな国分寺通りから北に曲がりさらに歩く。
しばらく行くと、右側に大きな公園。何だかすごく整備されている。そうだったかなあ。地面はコンクリート。そうだったかなあ。高山に来ると必ず来ていた公園なんだけど、記憶はすっかり薄らいでいる。いつもブランコに座ってぼんやりしていた気がするんだけど、あんな綺麗なブランコだったかしら。
公園の前には時代を感じるお寺。その前にはずらりと石像。夢に出てきたこともある。子供には(大人でも)怖くて、お寺の前はいつも足早に通り過ぎたんだった。

このあたりからは、スナックが増えてくる。朝だから爽やかな空気だけど、夜はカラオケの音が響いて場末感漂っていた。
そのど真ん中に曾祖母、いや、「おおばあちゃん」の家はある。右隣がスナックで、左隣の家との間にあるのはごくわずかなスペース。外からはそう見えるけれど、狭い通路をくぐり抜けると、その先にはお屋敷がそびえたつ。
通路の中で次元が変わっているのかも。子供の頃の私は、少しだけ本気でそんな風に思っていた。

この角を過ぎて、1軒、2軒、3軒……あれ?
知っているスナック。その左隣にあったのは、また別のスナックだった。
次元を超える通路もなくなり、ただスナックだけが並んでいる。

おおばあちゃんの家は、跡形もなくなくなっていた。

明日も幸せである様に♪

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