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2020年3月16日 (月)

名前と人格

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早起きできたということは

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そう、外仕事の日である。
家で朝ご飯を食べたのに、間違えて注文してしまった…。(おいしくいただきました!)
すっかり疲れ果てたので、夕食はデパ地下のお惣菜で贅沢してやったぜー。

ところで。
結婚からもうすぐ5年なのに今更だけど、結婚して以来すごく実感していることがあって。
今日急に思い出したので、書きます。
名前、というか呼び名って結構人格に影響を及ぼしませんか?という話です。

私の姓は「和田」から「加藤」に変わったんだけど(個人情報垂れ流しだけど、まあいいや)、結婚してびっくりしたのが、大多数の人から姓じゃなくて名前で呼ばれるようになったこと。
結婚前はほぼ家族と恋人からしか発されることのなかった名前で、今ほぼ全員から呼びかけられている。
結婚前に聞いた回数と同じくらい、この5年間で耳にしているのではないか。

理由のひとつは、単純に結婚前に私を「和田さんorちゃん」と呼んでいた人が、「加藤さん」に切り替えづらくてこの機会に名前呼びに変えてくれたパターンだけど、それ以上に大きい要因(大げさ)が名字そのものだと思っている。
「和田」もとんでもなく珍しいわけじゃないけど、同じグループ内にそう何人もある名字ではない。というか、親戚以外には1人くらいしか出会ったことがない。
それに対して「加藤」は、天下の藤原姓だ。
しかも、愛知県は特に「加藤」姓が多い地域で、このサイトによると県内の名字ランキング2位らしい。(ちなみに「和田」は148位ですって)
つまり、会社にも趣味の会にもたいてい私以外の「加藤さん」がいる→呼び名が「加藤さん」では区別できない→名前で呼ぶ…という流れなんじゃないですかね。
ということは、生まれつきの「加藤さん」とか「鈴木さん」には、子供の頃から名前で呼ばれている人が多いんじゃないの。

私、かなり人に対して壁を作るタイプである。
だから結婚前には私を名前で呼ぶ人がほぼいなかったんだろうと思っていたけれど、逆でもあったんじゃないのと思い始めている。
子供の頃から名前で呼ばれてきたのか名字で呼ばれてきたのかの違いって、多少なりとも人格形成に影響するんじゃないかしら。
だって、名前で呼ばれるようになってから約5年、ちょっと周りに対して距離を縮めやすくなった気がしているのよ。
単に精神がおばちゃん化しただけかもしれないけど。
(余談ですが、そうやってほぼ名前呼びもあだ名もないまま生きてきたので、30歳くらいから某所で「くまちゃん」と呼んでいただけるようになったのは、それこそ人格が変わるくらい嬉しいことだったのですよー)

そんな話を何で思い出したのかというと、今、外仕事の社員さんからも「今日子さん」と呼ばれているから。
結婚前から勤めている会社なので、最初はもちろん「和田さん」呼びだったのよ。
間違いなく他にも「加藤さん」がいるから工夫してくださっただけなんだけど、勝手に親しくなれた気分。
そんなことで人格がまあるくなれるなら、こんなに素敵なことはないんだけどなあ。

…何の話だかよくわからなくなってきた。

■読書ログ■
・翻訳書6:『若い読者のための経済学史【イェール大学出版局 リトル・ヒストリー】』ナイアル・キシニティー・著、月沢李歌子・訳、すばる舎、電子書籍
・翻訳書9『LIFE SHIFT(ライフ・シフト) --100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット・著、池村千秋・訳、東洋経済新報社、オーディオブック


明日も幸せである様に♪

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