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2020年10月19日 (月)

こうせいくんの話

Dsc_0562

新ネイル。
寒くなったので、一気に秋のデザイン。

昨日書くつもりだった話。ただの昔話です。
発端は、マインドフルネス瞑想のトレーニングをしていたら、今までの人生で経験したポジティブな出来事を思い出しましょう、と呼びかけられたことだった。
嬉しかったことや幸せを感じたことでいいのかな。それならいくらでも浮かんでくるよ。
去年出せた本、最近合格したトライアル、ドラゴンズが強かった時代、ライブでaikoに会えた日、翻訳の仲間と過ごした時間。
それから、新卒で入った会社のこと。営業でさっぱり芽が出なくて電話指導という内勤職に異動したのに、そこで待っていたのも営業っぽい仕事だった。長期休みごとに、担当している生徒に対して講習会に来るよう動員する。最初は嫌で仕方なかったんだけど、終わってみたらまさかの全国2位で、びっくりしたなあ。
次々に思い出が浮かんでいく。その流れに漂っていると、「では、浮かんだ出来事の中から1つだけ選んでください」という声が聞こえた。
1つだけ。
そのとき私の頭に浮かんだのは、ドラゴンズでも翻訳でもaikoでもなくて、こうせいくんだった。
全国2位になったあの夏、講習会に来てくれた男の子。

当時在籍していたのは、主に高校生が自宅で英語学習できるようにサポートする部署だった。
担当する生徒さんは最大80人。アルファベットも読めない子から、英検準1級を目指す子までレベルはさまざまだ。
英語が大好きで将来語学を使う仕事に就きたいとやる気満々の子もいれば、部活ばかりで塾にも行けないからせめて家庭学習の習慣をつけさせたい…と親御さんが言うばかりで本人のやる気はゼロというご家庭ももちろんあった。
色々な子に対して、毎日机に向かって勉強すること(と英検合格)を目標に、FAXと電話を使って毎日指導をする。その子が講習会に来ない限り、互いの顔も知らないまま。今思うと不思議な関係だよねえ。

こうせいくんは、たしか当時21歳くらい。
高校は中退していて、アルバイトはしていた気がするけど、基本的には家から出ない毎日。
母子家庭で、経済的にも苦労してきたらしい。
英語が全然できない子ではなかったけど、それより家で机に向かう習慣をつけてほしい、そして外界との接点を失わないでほしい。それがお母さまのご要望だった。
そういう話を、前任のT主任(当時)から聞いた。T主任はもう何年もこうせいくんを担当していた。
「すごくいいやつだし明るいんだけど、絶対に講習会には来ないんだよ。お金の問題もあるだろうし、やっぱり家から出るのは怖いのかな」
T主任にとっても、こうせいくんは特別な生徒だった。

電話で話してみると、こうせいくんは本当に明るかった。何でこの子が引きこもっているのかわからないくらいに。
毎回の電話で話すべき内容は一応決まっているんだけど、それ以外の話も色々とした。
当時の私は24歳で、こうせいくんはほぼ同年代。
「先生」なんて呼ばれるからとりあえず偉そうにしていたけど、本当の私は半年前まで営業のきつさで心が折れて入院していたような人間で、生徒さんが頼ってくれても私の引き出しは空っぽだった。今もだけど。
なのに、こうせいくんは不思議なくらい私を信じてくれた。

夏休みの講習会に向けて、動員が始まる。
こうせいくんは絶対に講習会に来ない。一応声だけは掛けて、断られたらすぐに引くこと。
そう注意されていたから、「もうすぐ講習会なんだよ。おいでよ」と誘いつつも、もちろん何の期待もしていなかった。
なのに。
「はい、行きます」
耳を疑った。
「え、いいの?」
「はい。先生に会いたいから、行きます」
何かの間違いじゃないかとお母さまに代わってもらったけど、嘘じゃなかった。本当に、本人が行きたいと言っているという。
「先生、本当にありがとうございます」
と電話口で言われても、まだぴんと来なかった。
T主任に報告したら、目を丸くしたあとで、泣き笑いのような顔をしていたのを覚えている。

講習会当日になっても、こうせいくんが本当に来てくれるかどうかわからなかった。
長年家に閉じこもってきた人が、いきなり年下の子が大勢いる場所に飛び込む。私なら絶対に無理。来られなくても当然だよ。
そう思いながらも教室を見まわしていると、後ろから声を掛けられた。
「和田先生」
振り返ると、そこにはハタチくらいの男の子が笑顔で立っていた。初対面でもすぐにわかる。こうせいくんだ!
足が震えた。一度控室に戻ってT主任を呼んでから、一緒に声を掛けた。1人じゃ先生面なんてできそうになかったから。
何をしゃべったのかはもう全然覚えていない。覚えているのは、ずっとこうせいくんが笑顔だったこと。

こうせいくんはどうして来てくれたんだろう。
その後、冬休みの講習会でも声を掛けたけど「もういいっす!」とあっさり断られた。
あのときだけ、どうして来ようと思ってくれたんだろう。
私は当時、自分のことしか考えていなくて、動員の結果に一喜一憂していただけだった。
どれほどの思いと覚悟を持って決断してくれたのかを考えたことさえなかったし、もちろん本人に対してそのことを労いもしなかったはず。
頑張ってくれてありがとう、会えて嬉しい。せめてそのくらいは伝えたのかな。覚えてはいないけど、伝えていてほしい。せめて。
お母さまもT主任もこうせいくんもわかっていたことを、きっと私だけが直視さえしてこなかった。
そして、今の私だって何もわかっていない。わかるのは、「ポジティブな出来事を1つだけ選んで」と言われて、あの日のこうせいくんの顔が浮かんだということだけ。

いやその、何も結論はありません。おしまい。

■読書ログ■
・和書110:『英単語のあぶない常識―翻訳名人は訳語をこう決める』山岡洋一・著、筑摩書房、紙の本
・和書112:『4行でわかる世界の文明』橋爪大三郎・著、KADOKAWA、電子書籍
・翻訳28:『21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ・著、柴田裕之・訳、河出書房新社、オーディオブック(2巡目)

■勉強ログ■
・NHKラジオ講座:44分


君にいいことがあるように 今日は赤いストローさしてあげる♪

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