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2020年10月10日 (土)

影の輝き(『あと一歩!逃し続けた甲子園 47都道府県の悲願校・涙の物語』の感想文)

頭おかしいんじゃないの、と言っていた1カ月半で53冊読破チャレンジ(いや、そんなチャレンジはしない。しちゃだめ)、ここ数日は1日1冊というオンペースで読み進んでいる。
焦って読み飛ばしているわけじゃなくて、あまりに面白くて気付いたら読了しているということなんだけど。
そんな中、この人なら絶対好きだろうと取っておいた本が、期待にたがわない面白さだった。

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『あと一歩!逃し続けた甲子園 47都道府県の悲願校・涙の物語』田澤健一郎・著。

「悲願校」というのは著者の造語。

かんたんに説明すれば、高校野球の世界で「甲子園出場の一歩手前で何度も敗退」、「秋春は強いのに甲子園がかかる夏になると弱い」「都道府県内では実績のある高校なのに、なぜか甲子園と縁がない」といった甲子園未出場校のこと。つまり「甲子園出場が悲願」となっている高校を「悲願校」と名付けたのだ。
(中略)
勝者は讃えるべき存在であり、たくさんの物語があるのはたしかだ。だが、同じように敗者にもたくさんの物語があるのがスポーツの世界。その意味で、「悲願校」にもたくさんのエピソードがある。


もうこの前書きを読んだだけで、ハンカチを準備したくなった。
スポットライトを浴びる人がいる一方で、その影に隠れた人にもたくさんのドラマがある。もともとそういう話が大好きなんだけど、その題材が高校野球というだけで、もうつまらない要素はゼロだよね。

本書では、様々な観点から選出された悲願校が次々に紹介されていく。
私くらいの新米甲子園ファンじゃ名前も知らない学校がほとんどだけど、物語に引き込まれてつい「近々悲願がかなってほしいねえ」と一緒に願ってしまう。

時々差し込まれる元・悲願校の話も感動的で、中でも涙したのは八戸学院光星のエピソード。
今は言わずと知れた強豪校だけど、実は1997年のセンバツが初出場。それまでは長らく悲願校だった。

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当時光星学院だった八戸学院光星は、1994年から1996年まで3年連続で決勝で惜敗して甲子園出場を逃している。
それだけでも悲願かなわぬ辛さがあるけど、特筆すべきはその3試合に先発したのがすべて同一人物だったということ。
つまり、甲子園出場のかかった地区大会決勝戦で入学間もない1年生が先発して、その投手が2年生でも3年生でもエースとして投げたのに、ついに悲願がかなわなかったのだ。
しかも何が悲しいって、その翌年の春(つまりこの学年が引退した直後の秋の成績によって)、光星学院は初の甲子園出場を決めちゃうのである。いや、悲しいと言っちゃいけないんだろうけど。
その投手とは、洗平竜也さん。その後大学進学を経て、なんとドラゴンズにも入団していました。逆指名2位なのに全然名前に見覚えがない…。

このエピソードは、筆者が悲願校を追い続けることになったきっかけでもあるのだという。
後年、筆者は洗平さんに当時のことをインタビューしている。
実は彼が先発した決勝戦のうち、3年時の試合だけ洗平さんは途中降板した。4点リードを追いつかれて、8回裏の先頭打者に死球を与えたときに、自ら監督に降板の意思を伝えたという。その時の気持ちを洗平さんはこう語った。

「ボール自体は衰えていなかったんですが、『オレじゃ勝てないのかな』って思ってしまったんです。前と違って他の投手も育ってきていたし、自分一人じゃないと思うようになったというか……。たぶん、チーム全体のことを考えたから降りたんです。2年生までだったら、きっと降りていなかった。でも、逆に、下級生の頃のように無我夢中で投げていれば、負けずに済んだ気もします。なんというか、3年生のときは余計なことを考えすぎたんですよ。正直、また自分のせいで負けるのがイヤだという気持ちもありましたから……」


悲願校の思いを一身に背負うと、夢に向かうマウンドでこんな気持ちになってしまうのか。
きっと最初はただ楽しくて始めたんだろうに。
甲子園のマウンドに立たせてあげたかったなあ。立っていたらこんなドラマも知らないままだったんだけど。
これからはもう、八戸学院光星を甲子園で見るたびに、俄然応援してしまいそうである。

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49地区の「ベスト・オブ・悲願校」。ベスト以外にも地区ごとに数校ずつ紹介されているから、すごい分量である。
甲子園に出たことが1回もなくてしかも長年惜しい戦いはしているという縛りで、そんなにたくさんあるものなんだねえ。

でも、悲願校はいつか悲願校ではなくなる、ところもある。
前述の八戸学院光星だって元悲願校だし、ほかにも大曲工(秋田・初出場は2015年春(※以下、カッコ内の年は同じ意味))、羽黒(山形・2003年夏)、利府(宮城・2009年春。ちなみに夫の草野球の元チームメートのお父さまは、利府の初代監督を長年務めた人。近いのか遠いのかよくわからないな)、前橋育英(群馬・2011年春)、豊川(愛知・2014年春)、滋賀学園(滋賀・2009年夏)、奈良大付(奈良・2015年春)、履正社(大阪・1997年夏)、明石商(兵庫・2016年春)、松山聖陵(愛媛・2016年夏)、沖学園(福岡・2018年夏)などなど、苦しい期間を経て甲子園出場を果たした高校も多いし、中にはすっかり常連校になっている高校もある。
この本は2019年の春に書かれたから、そのあと開催された甲子園は2019年の夏と2020年の春(が延期された交流大会)の2回だけなんだけど、その短い間にめでたく悲願校リストから卒業した高校がある。

  • 誉(愛知・2019年夏)
  • 加藤学園(静岡・2020年春)


来年以降、「初出場」と書かれた高校があったら注目してしまうんだろうな。
影にいるときだって輝きは嘘じゃなかったけれど、「聖地」に立って光を浴びることができる日を今から楽しみにしたい。
何よりまずは、来年のセンバツが開催できますように。

■読書ログ■
・和書107:『あと一歩!逃し続けた甲子園 47都道府県の悲願校・涙の物語』田澤健一郎・著、KADOKAWA、電子書籍→読了
・和書108:『眠れぬ夜の恐ろしい話』桐生操・著、KADOKAWA、電子書籍

■勉強ログ■
・NHKラジオ講座:1時間4分


君にいいことがあるように 今日は赤いストローさしてあげる♪

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