書籍・雑誌

2014年8月 4日 (月)

マルチバース、なのか

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だいぶ前にちらっとブログにも書いていたこの本、あまりに面白くてすぐに読んでしまった(まま放置していた)。
ポイントは「宇宙は無数にあるのか」という疑問文。実は著者の佐藤教授自身も、この問いへの答えを出しかねている、というよりも、どちらかというとこの説自体には批判的だ。というのも、この説は往々にして「人間原理」と結びついているからだ。

…しかし、これらの謎よりはるかに大きな謎は、「この宇宙を支配する物理法則があたかも生命、認識主体となる人類を生むように、都合よく微調整されている」ことではないだろうか。

これを説明する理論として人間原理が提唱されている。「宇宙は無数に存在し、物理法則はそれぞれの宇宙で異なる。その中で、認識主体が生まれる宇宙のみが認識される。他の宇宙は認識されない。したがって、認識された宇宙は認識主体が生まれるようにあたかもデザインされたように見える」というものである。…

私自身は、…四半世紀前に人間原理を知ったとき、これはとうてい科学ではない、と強い嫌悪感を覚えたものである。物理学者のはしくれとして「論理を詰めて研究を進めるならば、私たちは未定定数をいっさい含まない究極の統一理論に達するはずだ」「そもそも、物理法則の美しさから考えても、物理法則はでたらめにさいころを振って決まっているようないい加減なものではなく、確かな原理で確定的に決まっているものだ」と信じていた。

にもかかわらず、著者自身が提唱した「インフレーション理論」を突き詰めると、宇宙はひとつではないという結論につながってしまった。間違いではないかと計算し直しても変わらない。そこで、嫌悪感をいったんおいて、この理論を冷静に検討する。その結果と「マルチバース」の歴史を口述でまとめたのが、この本。内容はもちろん、その姿勢自体が科学なんだよねえ。

宇宙のこと、もっと知りたいなあ。科学者の全力を、もっと知りたい。

というわけで、ここで突然お知らせです。
今週の土曜日、名古屋の中日文化センターで「神山天文台長が語る、彗星の科学」という講演があります。天文関係で近頃何かとお世話になっている京都虹工房様の天文企画です。
https://www.chunichi-culture.com/programs/program_156393.html

彗星って調べるとすごく色々なことが分かるらしいですね。最新の発見についてなどのお話のようです。私は残念ながら行けないのですが、ご興味ある方いらっしゃれば、ぜひ!

明日も幸せである様に♪

2014年7月28日 (月)

久しぶりすぎる読書日記 できそこない博物館

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接骨院が終わったら、何だかざわざわする空。帰る気分になれないから、本を買って近くのパスタ屋さんにご飯を食べに行こう。

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本を買ったらくじ引きで駄菓子が当たった。わーい!

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できそこない博物館 星新一

最近家にあった星新一さんの短編集をふと読み返していたら、そのあとがきで紹介されていて、気になっていた本。
帯にある通り、星さんがご自分でためていた膨大なアイデアメモのうち形にならなかったものを解説付きで紹介したもの。
子供の頃星さんの本が大好きででひたすら読み漁っていたけれど、その頃はこの本の存在に気付かなかった。でも当時はこういう本を面白がれなかったかもしれない。

ここに載っているアイデアは、どれもとっても面白い。このままショートショートになりそうなのに。ショートショートとしてできあがったものを読みたかった。そんな風に思ってしまうくらい。

 …私も平凡なバリエーションを、ずいぶん考えついている。メモをしてから、これは使えぬと気づく。メモをしないのも含めれば、九十パーセント以上にもなるだろう。
 しかし、そういうのは作品にしなければいいのだ。そこが作家というわけである。私は他の分野の仕事をあまり知らないが、彫刻家など、作ってはこわし、作ってはこわしをくりかえしているのではなかろうか。そして、第三者から見て、どこが悪いのかわからぬのが多いのだろう。そのあげく、自己の許せる水準以上のものを残す。作品とは、そういうものなのだ。

でも、私のような素人がそう思うものも、プロにとっては「自己の許せる水準」に達していない。
締切がなければ、何十年でもかけて自分が一番納得できるものを作り出せばいい(それで本当によりいいものができるかどうかは別問題だけど)。
でも、お金をもらうプロである以上、必ず締切はある。その枠内で、どこまで妥協せずに取り組めるか。仕事として恥ずかしくないものがどれだけできているか。私自身、いつも意識していることだったけれど、いや、意識しているつもりだったけれど、もう全然足りないんだなあと正座してしまった。
どこまで自分をあきらめないでいられるか。次はできるのかという不安とどこまで逃げずに向き合えるのか。「前回と同じことをやればこなせるでしょ」という慢心を持たずにいつまでいられるのか。
夜中に、ただただ反省。今日は少し仕事量を抑える日のつもりだったけれど、今からやろう。

子供の頃、星さんの本を読んでとにかくわくわくした。いくらでも読めると思ったし、いくら読んでもなくならないことに脅威までも感じた。
ハタチ前後、食傷気味になって星さんとは距離を置くようになった。パターン化された(と思い込んでいた)ストーリーを斜めから見たこともあった。
そして今、1000本以上の作品という重みをようやく実感しつつある。誰よりも続けること、誰よりも量を増やすこと。それは決して簡単なんかじゃないんだ。
作家が夢だった私が人生で最後まで書きあげた小説は、5作。たったの、5作。すごいよ、1000作(以上)。どこまで高いの。

明日も幸せである様に♪

2012年5月30日 (水)

Good enough

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えーっ、まだこの本読んでいたの!?と突っ込まれそう。はい、その通りです。。
前に当ブログに載せたのは5月2日。何でこんなに時間かかっているんだろう?
(たぶん、単純に本を読む時間が減っているのだわ…)

つまらないわけではないです。とても面白い。読めば読むほど面白くなってきた。

たとえば、今日読んだ「前向きになるためには自尊感情が大事」という項目。
19世紀に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズが、前向きな人と後ろ向きな人の違いを「自尊感情」という言葉を使って説明した。自尊感情とは、自分自身を肯定的に感じること。

自尊感情=成功÷願望

という公式で表せる。
「成功したい」という気持ちが強いほど、失敗した時には自尊感情が下がる。成功したとしても、自分が思うほどの成功でなければ満足はできない。
逆に、「成功したい」気持ちがそれほど強くない人、または、失敗したとしても次につながるという意味では成功だと捉えられる人は、自尊感情が高くなるんだって。ふむ、確かに。

で、ここからが「ほほーっ」と思ったところなのだけれど、アメリカの心理学者ローゼンバーグが、自尊感情を測定するテストを提唱したんだって。

以下の質問に「いつもそう思う」「ときどきそう思う」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」の4択で答えます。それぞれに4点、3点、2点、1点を付けて進んでください。

①自分に満足している。
②ときどき自分はダメだと思う。
③いくつか見どころがある点がある。
④友達と同じくらい、色々なことができる。
⑤得意なことがあまりない。
⑥「役に立っていない」と感じることがある。
⑦他の人と同じくらい価値ある人間だと思う。
⑧もっと自分を尊敬できたらと思う。
⑨何をやっても失敗するのではと思ってしまう。
⑩自分は前向きである。

いかがでしたか?ちなみに私は26点でした。
合計25点までは自尊感情が低い人、26点以上は自尊感情が高い人なんだって。あら、私意外と高いのね。嬉しい。

やってみてあれれ、と思ったのが、「自分に満足している」と「ときどき自分はダメだと思う」のどちらに「そう思う」と答えても、点数が上がっていくというところ。悪いところを認識している=自尊感情が低い、ではないのだ。

ローゼンバーグによれば、自尊感情の高い人は自分を「これでよい(good enough)」と考えている。自分自身を「非常によい(very good)」と考える人は自分を他人と比べて評価しているのに対し、good enoughの意識を持つ人は、「人は人、自分は自分」と考えている。つまり、自尊感情が高い人は、自分で自分に価値を見いだせる。そして、そういう人が「前向き」な人であるということ――なんですって。なるほどー。
(そして、good enoughとvery goodってそういう違いがあるんだね。いつでもそういう意味なのかはわからないけれど、覚えておこうっと)

最近いろんな人に言っていただいている言葉にも通じる。自尊感情、意識してみようと思う。

それにしても、心理学ってすごいね。正直、この本を読むまでちょっと斜めに見ていた。というのも、私が高校生の頃は心理学が異常に流行っていて、周りの子は皆心理学科志望だったの。その流れを横目で見ながら、よく知らないくせに「ふんっ」と思ってしまっていて…書いていて恥ずかしや。
勉強すればわかることをさぼっておきながら、したり顔で批判する。ただの食わず嫌いなのに。そんなことを何回も繰り返してからやっと、世の中は自分の知らないことだらけなんだと理解した。これからも、「うわわ」と赤面することが死ぬまで繰り返し起きるといいなあと思うのです。

明日も幸せである様に♪

2012年5月 5日 (土)

自分でジャッジする

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子供の日にしっかり便乗。この角度からのぞき込んだら、ちょっと顔っぽい。

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たまたま見かけたLips(雑誌です)の表紙にaikoが!何かと思ったら、「奇跡の30代」特集だそうで。でしょー、でしょー?
インタビュー記事には、30代になってどんな変化があったか、という話があった。

「30歳を超えて、最近は、好きなことも嫌いなことも自分でジャッジできるようになったのが嬉しい変化。(中略)あと、自分を許せるようになりました。私はコンプレックスがすごく多くて、ほんの些細なことでも、気になって仕方なかったんですよ。爪が弱くて二枚爪になって割れやすい、とか。ちっちゃいことばかり(笑)。それこそ自分の声も好きじゃなくて、どうにか枯れないか…とわざと大きな声を出してみたり。そんなことも時間が少しずつ解決してくれて、自分のことを少しずつ受け入れられるようになってきました」

自分も同じこと言っているくせに棚上げするけれど、aikoが「自分のこんなところがコンプレックス」って言っていると、なんかもう抱きしめたくなる。大丈夫。大丈夫だから。(なぜか年上気分)

自分のジャッジをもっと信じて、えいっと一歩を踏み出せるように。いろんなこと、私もがんばります。

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そんなことを思いながら月を見つめるよ。高く昇った後だったからか大きさは分からなかったけれど、くっきりした美人さんの月ね。

明日も幸せである様に♪

2012年5月 2日 (水)

ラブあんどライク

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今こんな本を読んでます。タイトルの付け方から、きっと面白くないだろうなあという失礼な先入観を持っていたけれど、勉強のために買った本だからまあいいか、と思って読み始めた。そしたら知らないことがたくさん出てきて、面白い!納得できないことも出てくるけれど、それも含めて「ふーむ!」の連続。

これもその一つ。

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「ライク」と「ラブ」ってどこが違うの?という、青春時代に一度は考えたことがあるに違いない疑問を、心理学の視点で分析した人がいる。アメリカのジック・ルービンだ。彼によると、ライクは「尊敬や単純な好意、親近感」。相手の人格や性格を分析して、「いい人」と考えて、好意を持つ。それがライクなんだとか。ラブのキーワードは「独占、依存、自己犠牲」。相手を誰にも渡したくない(独占)、一緒にいないと耐えられない(依存)、という気持ちの他に、相手のためなら何だってできる(自己犠牲)という気持ちもラブなんですって。

というわけで、上の写真はそのルービンさんの作った心理テスト。相手の名前を( )の中に入れて、①~⑫までが合っているかどうかを見ます。①~⑥は「ライク」、⑦~⑫は「ラブ」の項目。

このページでは、「⑦以降に○がつけばつくほど、あなたは相手を真剣に愛しているということ」と書かれている。ライクよりラブの方がいい、ということかな。
ただ、実際にやってみたら、両方にたくさん○のつく人がいた。判断力を信頼していて、自分と似ている(ところもある)と思う一方で、相手が嫌な思いをしているときには何とかしたい。そんな人。ライクとラブ、両方の気持ちを持てる相手がいるんじゃない?というか、そういう相手こそが私にとっては大切な人なんだ。

一方で、過去にはライクの気持ちは少なくてラブだらけ、という相手もいた。それは、えっとその、やっぱりうまくいかなかったよね…(苦笑)。

何となく、この本のライクとラブの解釈を読み違えている気がするけれど、まあいいや。
大切な人を想う気持ちは変わらないんだもん。

ラブが始まるときの疾走感が好きな曲。MISIA「K.I.T」。

もっと もっと スピード出して
そっと すっと 息吸い込んで
グッと ギュッと しがみついたら
心に刻もう 二人しか知らない時間

声の高さに圧倒されつつも、この高さとスピードが恋なのかもねえ、と思ったり。
(なんと高校生の頃、この曲をカラオケで歌い切ったことがあります…今はまったく不可能だけど。どうでもいい話で終わらせてみる)

明日も幸せである様に♪

2012年4月25日 (水)

【本カフェ】錦繍

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こんな時間(22時半)から食べちゃうのよ。
結局今日は曇り。金星と月の並びは見られなかった。何だか、私が紹介した天文イベント、ことごとく天気悪い気がする…。

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宮本輝『錦繍』。

半年近く前、おもてなし朗読会の後で某M様に薦めていただいたのでした。
宮本輝さんは『青が散る』しか読んだことがなくて、これが2冊目。
夕べ読み終わったのだけれど、まだぼんやりしている。もう一度読み返した方がいいのかも。

10年前に離婚した二人が偶然再会して、手紙のやりとりを始める。お互いの過去を手紙の中で明かしながら、二人は次第に現在、そして未来へと向かっていく。

「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれへん」という言葉。
何度も出てくる「業」という言葉。
二人(特に男)が見ているのは、いつも過去だ。過去の「業」が今の不幸を生み出している、と二人は考えている。そこが、困惑してしまうくらい今の自分と同じで、逆に共感できなくなるくらい。
でも、最後に女は言うのだ。

過去なんて、もうどうしようもない、過ぎ去った事柄にしか過ぎません。でも厳然と過去は生きていて、今日の自分を作っている。けれども、過去と未来のあいだに<いま>というものが介在していることを、私もあなたも、すっかり気がつかずにいたような気がしてなりません。

簡単に「いい小説だった」と言いたくない気持ち。しばらく体育座りでもしながら考え込もうと思います。

ところで、「錦繍」は、錦に刺繍をほどこした織物のこと。転じて美しい紅葉や、美しい文章のことも指すのだとか。なんで「錦繍」っていうタイトルなのかしら。蔵王の紅葉から話が始まるから?往復書簡の中で物語が紡がれる様子を刺繍になぞらえているから?調べたらどこかに答えがありそうだけど、あえて自分の中で思い描くだけにする。

素敵な本を紹介してくださってありがとうございました。

明日も幸せである様に♪

2012年4月23日 (月)

ライン

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あたらしい空。
久しぶりの、あお。

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ファミリーマートのデザートは素晴らしい。ちょっと贅沢して購入。

ここ数年あまりに本を読んでいなかったので、今年は久しぶりに本を読む量の目標を立てていた。とりあえず、年間50冊。
そうしたら、なんだか勢い余って、現在27冊目。100冊に上方修正しようかしら。
読んだ本を数える、というのはこれで4回目くらい。中学生の時、異常に盛り上がって年間300冊読んだことがあった。読むのが遅い私にとっては、これがダントツで最高記録。たしかこの時は絵本なども読みまくってとにかく冊数を稼いだ記憶がある。

そう、何を「1冊」とするのかが、毎回悩みの種なのだ。
今回悩んでいるのは、青空文庫の1話を「1冊」としていいのかどうか。それ以外にも、電子書籍限定で販売されていて、たぶん50ページ分くらいしかない本は、「1冊」でしょうか?
悩みつつも、今回は「1冊」にしてみました。たとえば、同じ本でも単行本で読んだのか、文庫本で上・中・下の3巻で読んだのかによって冊数が変わってしまうけど、そこを厳密にしようとするともうきりがない。逆に全集を読んだら、普通の単行本3冊分くらい入っていることもあるわけで。だから私は、とにかくどんな形態であっても、本という一つのまとまりごとに「1冊」としているのです。そのルールで行くと、電子書籍も「1冊」でいいかなあ、と。

まあ、あくまで自分ルールの話なので、好きなところで線を引けばいいのだけれど、考え始めるとなかなか興味深い。自分が何を「本」とみなしているのかという、要するに偏見が見えてきたりして。
どうやら自分は電子書籍を本とみなすことに迷いがあるらしい、とか(でも、紙の書籍としても販売されている本なら迷わない。文字数?)。
漫画と雑誌は本じゃないことにしている、とか。
野球の選手名鑑は含めなかったけれど、「プロ野球スカウティングレポート」は含めている、とか(やっぱり文字数…?)。

自分は思っているよりもずっと主観的で偏見もたくさん持っている。思っているよりも俗物だし、思っているよりも面食い(どんどん関係なくなっている)。自分のラインはまったく客観的なものじゃない。
そのすべてを、ありのままに受け止めたいなあと、ぼんやり考えている。

明日も幸せである様に♪

2012年4月16日 (月)

半分疑って、半分信じて

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    塩野七生『ローマ人の物語』スペシャルガイドブック
     新潮社編
     新潮文庫

『ローマ人の物語』各巻のダイジェストを紹介したり、ローマ帝国各地を訪ねたりしながら、ローマ時代を振り返る本。
私は『ローマ人の物語』を読み終わった後の復習(余韻ともいう)用に読んだけれど、本編を読み始める前に流れをつかむ目的で読んでおく、本編は長すぎるからとりあえずこの本だけで…など色々な読み方ができると思う。(ただ、これだけで…と思って読み始めると、「もっと知りたい」欲が刺激されてしまって大変かも…)

読んでいる間、いろんな部分を紹介したいと思っていたのだけれど、結局心に残ったのは、巻末の著者インタビューで塩野さんが話した一言だった。

自分の考えていることは、もしかしたら半分しか正しくないかもしれないというような疑いを、常に持つのが「現実主義者」です。自分は絶対的に正しいと思い出したら、それは宗教なのね。「現実主義」というのは、現実と折り合って適度に行くというんではなくて、むしろ現実と闘うことなんですよ。闘うとは、自分の側がもしかしたら間違っているかもしれないという疑いを常に抱くことです。

(中略)

――今の教科書では、帝政=ダメという感じです。

帝政というだけでダメって、よくそんなことが言えますねと思う。我々の時代は、未だに戦争があちこちで起きてるんですよ。それをはるか昔に、戦争を二百年以上起こさなかった時代が実在した。それはどういうことだろう? と。どうして実在できたのだろうという疑問を抱かないとしたら、学問をする資格は無いと思います。

引用前半は、ローマ人が「現実主義者」であるという話。後半は、これまでのローマ研究に苦言を呈しているところ。現実主義を突き詰めた民族のことを、2000年たって現実主義の目で見直した、ということかな。

自分の正しさを半分は疑うこと。同時に、絶対的に信じる半分をちゃんと持つこと。
相変わらず自分の問題に矮小化してしまうのだけれど、他の誰かに引きずられることなく、本当の意味で現実主義者でありたいと思う。

ところで、ローマ帝国各地の紹介を見始めたときは「ああ、イタリアに行きたい!」と思っていたんだけど、さすがはローマ帝国。イタリア全土はもちろん、トルコなどの小アジア、イギリス、フランス、スペイン、アフリカ…と紹介される場所が幅広すぎる。いくらなんでも一度じゃ無理だよ…ぐすん。
いつかどこか1箇所くらいは、これでもか、というくらい徹底的に見て回りたいなあ。

***

今日1日なぜか頭から離れなかった曲。何度も熱唱。

JUDY AND MARY「ジーザス!ジーザス!」

いつかは…なぁーんて 夢のまた夢
わかってる わかってない
アタシの強がり
いつかは… 消えてしまうの?
死なないで あたしの夢 消えないで

歌ってたらかわいそうすぎて泣けてきた。。うるる。

明日も幸せである様に♪

2012年4月 2日 (月)

せめてコーヒーの夢を

この間もちらっと書いたけれど。

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あたらしい本。ぺらぺら捲っているだけで幸せ。

 名古屋喫茶の代名詞、コメダ珈琲店(以下「コメダ」)。名古屋人なら誰もが利用したことがあるだろうが、その魅力を説明しようとすると、これがなかなか難しい。
 とびきりおしゃれとかカッコいいというわけではないし、コーヒーが他と比較にならないくらいおいしいというのとも違う。(中略)どこにでもあるし、駐車場が広い店も多いから利用しやすいのは間違いないが、だから行くのかというと決してそれが理由ではない気もする。しいてオンリーワンの要素を挙げるならシロノワールだが、これがなければコメダに行かないかと問われればそんなことはない。
 あらためて何がいいのか?どこがスゴイのか?と問われると説明に困り…いや、おそらくほとんどの人はそんな疑問を抱くことなく、今日も気づけばコメダのコーヒーをすすっている。名古屋人にとってコメダとは、そこにあるのが当たり前の、気心の知れた連れ合いのような存在なのだ。
 もちろん、特長を列挙するのに困ることはない。(中略)長居してもせっつかれることのない、いい意味でのほっとかれ感…。実際には、豆の鮮度をはじめ素材にこだわっていたり、おもてなしの心が息づいているのだが、それを声高に主張しないところも、客にとっては気楽。どの要素も過剰ではなく、適度に“良い”。それが幾重にも積み重なり、まるで自宅のようにまったりなごめる居心地よさを実現している。


とてもよくわかる。他の地域のコメダに入る人が同じ気持ちかは分からないけれど、生粋の名古屋人くまぼぼにとっては、コメダは「別に大好きというわけではないけれど、気が付くと入ってしまう店」だ。適度な「ほっとかれ感」や「過剰でないところ」も本当にその通りだと思う。そして、名古屋の人に人気がある店や商品って、本当はそういうものなんじゃないかと思っている。少なくともある年齢層以下の名古屋人にとっては。

大学生の頃、名古屋の喫茶店100店以上に入って、メニューや店の雰囲気などを五つ星で評価してノートにまとめたことがあった(暇すぎる…)。喫茶店特有の重さが辛いと感じることもあるのだけれど(なので普段はカフェっぽい店に行くことの方が多いです。境目がわかりにくいけど)、それでもなぜか入ってしまう。好き、というわけではなく、ただ何となく入ってしまう。

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こんな喫茶店じゃ本も読めないってわかっているけれど、引き寄せられてしまうのよ。

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この喫茶店の雰囲気は、好き。ちょっと家からは遠いなあ。

と言いつつ、これからしばらくコーヒーを控えなければいけなくて、とても悲しい。なんでこんな本読み始めてしまったの私。ぐすん。

明日も幸せである様に♪

2012年3月30日 (金)

かいかせんげん

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あたらしい空。

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近所にずっと気になっていたカフェがあった。
今日ついにランチするぞー!と意気込んで向かってみたら、違うカフェに。。
ところが。

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ここが何とも雰囲気のいい、素敵なカフェだったのだ。

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パンケーキサンドを注文。おいしさにもボリュームにもびっくり。
(あんまりボリュームあるように見えないですよね?私もそう思って油断して食べ始めたら、ものすごかった…)

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今日はアイスティー気分。
徒歩5分のところにこんないい店があったとは。また来ます!

そして、そして。

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名古屋市中川区は、本日開花宣言です!
一つ目の花がほろりと開くところって、涙が出そうなくらい切なくなる。今年も咲いてくれて、ありがとう。

***

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あたらしい本。ある人に勧めてもらった(最近このパターン多いな…)。
小説を読むのって久しぶり。カテゴリー分け苦手だけど、ラブコメ+ファンタジー…という感じの本。
そんなに得意な分野ではないのだけれど、この本はとてもよかった。
「彼女」が本当に可愛らしい。「先輩」をはじめ、どの登場人物も読めば読むほど愛しくなる。
読んでいる間中ずっと、胸があったかくて幸せな気持ちだった。最後、本を閉じるのがもったいなくなるくらい。
せっかく出会った私たち。願わくば、誰の元にも「神様のご都合主義」がふりそそぎますように。

そう、無駄な出会いも、得るものが何もない出会いもない。
たとえすれ違って終わったとしても、出会えたことはやっぱり素晴らしいんだ。
傷つくことも、うまくできないこともある。後悔する気持ちもある。それでも、全部含めて、感謝。

そういえば、ちょうど一年前にこんなことを書いていた。今も同じ気持ち。

3月は別れの月。そして4月は出会いの月。
ここ数日、あちこちで別れの言葉を耳にした。
別れの言葉なんて悲しいし寂しいしできるなら言わずにいたい。でも、次の言葉を言うために必要な別れの言葉もきっとある。
だから私も言うんだ。ちゃんと明日を始めるために。

さようなら。

明日も幸せである様に♪