【小説】朝日が昇るところ (13)
「この日――覚えています。歌手になるのを諦めた日」
女性はもう一度写真を見つめた。
「耳が聴こえなくなって、お医者様からも止められて、仕方なく夢を諦めたんです。最後に河原で歌おうと思いました。――でも、歌っていても辛かった。悲しくて、悲しくて、仕方なかった」
彼女は一言ずつ、かみしめるように話し続ける。自分に向けて話しているようにも見えた。
「あの後も、ずっと後悔していました。私から歌をなくしたら何もなかったのにって」
僕は女性を見つめ続けた。その目は、少しうるんでいるようだった。
「でも」女性は不意に僕を見る。
「でも、ずっと忘れていました。このときは、朝日が差していたんですね」
そして、ふっと笑顔になる。
「この写真のおかげで、思い出しました。この時の自分がどれだけ歌を愛していたのか。こんな時があってやっぱり私は幸せだったって、きっと将来、子供にも誇りをもって伝えられる。心から感謝します。ありがとうございます」
僕の中で、何かが弾けた。
弾けたものはおそらく、今まで自分が探してきたもの。朝日にも負けないくらい、輝いている存在。
もう一度会わなければ気づかなかった。本当に輝いているものが何なのか。
「こちらこそ、ありがとうございます」
ようやく、十年越しのお礼を言えた。深く頭を下げる。なぜか涙が出そうだった。
僕は、彼女を入り口で見送った。ふと思い出す。
「そういえば、お子さんがいらっしゃるんですか?」
女性は照れたように微笑んだ。
「ええ。あそこで待ってくれているんです」
彼女が指した方には男性が立っていて、その胸には幼い女の子が抱かれている。女の子は、心細そうにこちらを見つめていた。彼女は僕にお辞儀をして、小走りに二人の方へと向かった。その姿はあの時とは違っていたけれど、たしかに輝いて見えた。
ルミに会いたい。急に心からそう思った。手遅れかもしれないとか、自分がどうすべきかなんてどうでもいい。ただ会いたいだけなんだ。会って、ルミの写真を撮ろう。そう思った。
僕はもう二度と、河原に行くことはない。
(完)
.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.
予定よりもずいぶん引っ張ってしまった…。
お付き合いくださってありがとうございました。
はじめから読みたいと思ってくださる方(いらっしゃれば…)は、こちらからどうぞ。
最近のコメント